「青色申告だから65万円の控除を使えているはず」——そう思い込んだまま、確定申告のときになって初めて「あれ、うちは55万円しか控除されていない」と気づく個人経営の飲食店オーナーは少なくありません。日々の仕込みや接客に追われていると、帳簿の付け方や申告の電子化といった事務まわりの制度改正は、つい後回しになりがちです。
実は令和8年度税制改正により、青色申告特別控除の仕組みは令和9年分(2027年分、2028年に提出する申告)から大きく変わります。今のうちに準備しておくかどうかで、来年以降の控除額が変わってくる可能性がある内容です。この記事では、財務省・国税庁が公表している情報をもとに、現行制度とこれからの変更点、個人経営の飲食店として年内に何を整えておくべきかを整理します。
青色申告特別控除の基本(現行制度)
まず現行の仕組みを確認しておきます。個人事業主の青色申告特別控除には、記帳方法や申告方法に応じて次の3段階があります。
| 控除額 | 主な要件 |
|---|---|
| 55万円 | 複式簿記による記帳/貸借対照表・損益計算書の添付/期限内申告 |
| 65万円 | 55万円の要件に加えて、(1)e-Taxで期限内に申告書等を電子送信する、または(2)電子帳簿保存法上の「優良な電子帳簿」の要件を満たして帳簿を電子データで保存し、あらかじめ税務署に届出書を提出している、のいずれかを満たすこと |
| 10万円 | 簡易な簿記(単式簿記)による記帳など |
つまり現行制度でも、複式簿記で記帳しているだけでは65万円控除は使えず、e-Taxでの電子申告か、一定要件を満たした電子帳簿保存のどちらかが必要ということです。「毎年紙の申告書を税務署の窓口に持って行っている」「会計ソフトは使っているが確定申告書はプリントアウトして提出している」という飲食店オーナーの場合、実際には55万円控除にとどまっているケースが少なくありません。
現行と改正後の比較
変更の全体像をつかむために、現行(〜令和8年分)と改正後(令和9年分〜)の控除額と主な要件を並べておきます。
| 時期 | 控除額 | 主な要件(ポイント) |
|---|---|---|
| 〜令和8年分(現行) | 55万円 | 複式簿記+B/S・P/L添付+期限内申告 |
| 65万円 | 55万円の要件+(e-Tax申告 または 優良な電子帳簿保存)のどちらか | |
| 10万円 | 簡易な簿記による記帳など | |
| 令和9年分〜(改正後) | 65万円 | 複式簿記+B/S・P/L添付+期限内のe-Tax申告(必須) |
| 75万円 | 65万円の要件に加えて、仕訳帳・総勘定元帳を電子帳簿保存法上の要件に沿って電子保存 | |
| 10万円 | 簡易な簿記による記帳など(一定の場合は対象から除外) |
ポイントは、これまで「e-Taxか電子帳簿保存か、どちらか一方でよかった」65万円の要件が、改正後はe-Tax申告が前提条件になり、そのうえで電子帳簿保存までできている事業者だけがさらに上の75万円に届く、という二段階構造に変わることです。
令和9年分(2027年分)から何が変わるのか
財務省が公表した令和8年度税制改正の大綱によると、青色申告特別控除は令和9年分以後の所得税から次のように見直されます。
- 55万円→65万円に統合: 55万円の控除について、確定申告書・貸借対照表・損益計算書等を提出期限までにe-Taxを使用して提出することを要件として追加したうえで、控除額を65万円に引き上げる。
- 65万円→75万円に引き上げ: 上記の見直し後の要件(e-Tax提出)を満たす者であって、その年分の事業に係る仕訳帳・総勘定元帳について、電子帳簿保存法に定める電磁的記録による保存等を行っている場合、控除額を75万円に引き上げる。
- 10万円控除も対象者を見直し: 簡易な簿記による記帳を行っている者のうち、一定の場合について10万円控除の対象から除外される。
つまり令和9年分からは、これまでの「e-Taxか、電子帳簿保存か、どちらか一方でよい」という選択肢がなくなり、e-Taxでの電子申告が控除を受けるための前提条件になります。そのうえで、仕訳帳・総勘定元帳まで電子帳簿保存法の要件に沿って電子保存している事業者だけが、最も高い75万円の控除を受けられる、という二段階の仕組みに変わります。
この改正は法律の成立・施行を経て確定するものなので、実務上の細かな運用(様式や届出の具体的な方法など)は今後、国税庁から順次案内が出る見込みです。控除額や要件の最終的な内容は、申告する年の国税庁の最新の案内で必ず確認してください。
「電子帳簿保存」と「領収書のスキャナ保存」「電子取引データ保存」は別物
電子帳簿保存法には、性質の異なる3つの区分があります。混同しやすいので整理しておきます。
- 電子帳簿等保存: 仕訳帳・総勘定元帳など、自分で作成した帳簿を最初からデータのまま保存する制度。65万円・75万円控除に関係するのはこの区分です。
- スキャナ保存: 取引先から紙で受け取った領収書・請求書をスキャンして画像データで保存する制度。任意の制度で、青色申告特別控除の要件そのものではありません。
- 電子取引データ保存: メールやクラウドサービス経由で電子的に受け取った請求書・領収書等(電子取引の書類)を、紙に印刷せずデータのまま保存すること。こちらは令和6年1月以降、原則すべての事業者に義務化されています。
ネット経由の食材・酒類の仕入先とのやり取りや、キャッシュレス決済サービスの利用明細など、電子取引データ保存の義務化はすでに始まっている点にも注意が必要です。今回の青色申告特別控除の見直しとあわせて、店舗の書類・帳簿の電子化を一度棚卸ししておくとよいでしょう。
個人経営の飲食店にとって何が問題になりやすいか
居酒屋・カフェ・ラーメン店・バーなど、家族経営や少人数体制の飲食店では、次のようなケースで65万円控除を取りこぼしていることがあります。
- 会計ソフトで記帳はしているが、確定申告書の提出は書面(郵送・窓口持参)のまま
- 顧問税理士に申告を依頼しているが、税理士側がe-Taxで送信しているかどうかを本人が把握していない
- レジやPOSレジの売上データ、仕入先からの請求書・領収書を紙のまま保管し、帳簿への転記だけをパソコンで行っている(この状態は電子帳簿保存法上の「電子帳簿保存」には該当しません)
- 複式簿記ではなく、売上と経費を並べただけの簡易な帳簿で記帳している
特に「会計ソフトを使っている=電子帳簿保存をしている」と誤解しているケースには注意が必要です。優良な電子帳簿の要件を満たすには、訂正・削除の履歴が残る、帳簿間の記録が相互に関連付けられている、検索機能を確保しているなど、電子帳簿保存法で定められた一定の基準を満たすシステムを使い、あらかじめ税務署へ届出書を提出しておく必要があります。単にパソコンで帳簿を作成しているだけでは要件を満たさない点は、国税庁の電子帳簿保存法に関する案内で確認しておきたいところです。
年内に確認・準備しておきたいこと
2027年分からの変更に慌てないためにも、今年(2026年分)の申告に向けて、年内のうちに次の点を確認しておくと安心です。
1. 自分の申告方法がe-Taxになっているか確認する
自分で確定申告している場合は、確定申告書等作成コーナーやe-Taxソフトから電子送信できているか、マイナンバーカード方式かID・パスワード方式かも含めて確認しておきます。税理士に依頼している場合は、e-Taxで送信されているか、次回の申告時に一度確認しておくとよいでしょう。
2. 記帳が複式簿記になっているか棚卸のタイミングで見直す
食材や酒類の仕入・棚卸の管理と合わせて、複式簿記による記帳ができているかをこの機会に見直しておくと、年明けの決算作業がスムーズになります。棚卸の具体的な進め方は、以下の記事でも整理しています。
▶ 飲食店の棚卸のやり方 食材・酒類の在庫を年末より前から数えておくべき理由
3. 会計ソフト・電子帳簿保存の対応状況を確認する
75万円控除まで見据える場合は、仕訳帳・総勘定元帳の電子帳簿保存への対応が必要になります。利用している会計ソフトが電子帳簿保存法の「優良な電子帳簿」に対応した機能を持っているか、対応する場合に事前の届出が必要かどうかは、ソフトの提供事業者または顧問税理士に確認しておきましょう。
4. 年末までの設備投資・経費計上とあわせて検討する
厨房設備や什器の買い替え、少額減価償却資産の特例の活用を検討している場合も、年内の記帳・申告方法とあわせて整理しておくと申告作業が二度手間になりません。
▶ 飲食店の厨房設備・什器を年内に買い替えるなら?少額減価償却資産の特例
また、オーナー自身の退職金代わりとして小規模企業共済の掛金を検討している場合も、年末に向けた資金計画とあわせて確認しておくとよいでしょう。
▶ 個人事業主の飲食店オーナーが年末までに検討したい「小規模企業共済」
まとめ
青色申告特別控除は、令和8年分までは「複式簿記+e-Taxまたは電子帳簿保存」で65万円、令和9年分からは「複式簿記+e-Taxが前提」となり、そのうえで仕訳帳・総勘定元帳まで電子保存している事業者は75万円へ引き上げられる見込みです。日々の営業に追われていると見落としがちな制度ですが、e-Taxでの申告体制や記帳方法は一朝一夕には整いません。年末に向けて棚卸や設備投資を検討するタイミングで、あわせて自分の申告方法・記帳方法を見直しておくことをおすすめします。なお、この改正は法律の成立・施行を経て確定するものであり、要件の詳細や様式は今後国税庁から順次案内される見込みです。実際に申告する際は、必ず最新の国税庁の案内で内容を確認してください。
この記事の内容でご不明な点や、自店のケースに当てはめた具体的な判断が必要な場合は、飲食店の確定申告ドットコム(道濟会計事務所)にご相談ください。
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